毎年6月10日は「時の記念日」ですね。今年2020年は時の記念日が100周年を迎えます。今回は、時の記念日の由来と、明石天文科学館をはじめとする時の記念日100周年を記念したイベントについて紹介していきます。
目次
時の記念日の由来・意味を解説 【日本最古の時計とは】
時の記念日が誕生したのは、天智天皇が日本で初めて時を知らせた671年6月10日(現在の暦)に由来します。
日本に存在する最古の歴史書「日本書紀」には
と書かれてあり、
現代語に直すと、
(即位10年)夏4月25日。漏剋(ロコク=水時計)を新しい台に置きました。初めて候時(トキ)を打ちました。鍾鼓(カネツヅミ)を轟かせました。初めて、漏剋(ロコク)を用いました。この漏剋(ロコク)は天皇が皇太子になった時に、初めて自ら製作したのです。云々。
この月、筑紫国が言いました。
「八つの足がある鹿が生まれて、すぐに死にました」
天智天皇が日本で初めて時を知らせた日6月10日が「時の記念日」とされたわけですが、
この時に使われた日本最古の時計「漏刻(水時計)」とは、一体どのような仕組みの時計だったのでしょうか?
天智天皇の漏刻(水時計)の仕組み
天智天皇の漏刻は地下に配水設備があり、1階に水時計、2階に鐘と時刻補正のための天文観測が設置されています。
現代では考えられないほど、大掛かりな設備で時間を知らせていました。
- 水時計に定期的に水を入れる
- 少しずつ漏れてくる水の目盛りを読む
- 水位が目盛りに達したら2階の人に鐘を鳴らすように指示する
- 鐘を鳴らし都中に時刻を知らせる
という流れで、時刻を知らせていました。このように時間を知らせるために水を入れ、目盛りを読む人のことを「漏刻博士」と呼び、当時は常に複数の漏刻博士が時間を管理していました。
時間に正確な日本も、当時は時間にルーズだった?!
電車やバスは時刻通りに来るし、始業時間をきっちり守ったりと日本の時間の正確さは世界的にも定評がありますよね。
しかし、時の記念日ができた当時1920年は、欧米の先進国から「日本人は時間の感覚に乏しい」とされていました。
「時の記念日」は日本人にしっかりと時間に関心を持ってもらい、日本人の生活改善と合理化を目指すという意図もあったのです。
時の記念日イベント一覧【2020】 明石「時」展覧会など
今年100周年を迎える「時の記念日」に関連するイベントの情報をまとめました。
近江神宮 漏刻祭 6月10日
天智天皇を祀っている近江神社では、毎年時の記念日に『漏刻祭』が行われます。
新型コロナウイルスの影響で3月から休刊となっていた時計館宝物館は6月2日から再開です。
今年2020年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、時計業界関係者・采女による行事、舞楽は中止となっており、神職及び一部関係者のみで行われます。
【中止】明石市 時のウィーク2020
新型コロナウイルスの影響により、時のウィーク2020は中止が決定しました。
「子午線通過記念証2020」は手渡しでの配布が行われず、郵送配布のみとなっています。
申込方法は、返信用封筒を同封し、84円切手を貼り下記宛先へ郵送します。※返信先の記入を忘れずに
パパコーポレーション内 時のウィーク実行委員会(宮本)宛
明石市内の小中学校の生徒には学校から配布されます。
【中止】大宰府における時の記念日行事
大宰府における時の記念日行事は、時計を持たずに決められた時間に集合し、詩吟、校歌斉唱、舞踊などの出し物が行われています。
大正10年6月10日に奈良時代に漏刻が置かれたと伝えられる辰山を東にのぞむ都府楼跡で式典が行われ、
やがて、地元の水城小学校では、子供達が時計を持たずに都府楼跡に集合するという学校行事が昭和40年まで続きました。
その後平成元年に復活し、現在も「大宰府における時の記念日行事」として続いています。
城山の鐘まつり 宮崎県 延岡市 城山公園
明治11年から時を告げてきた鐘の音へ感謝し、毎年6月10日に鐘守の夫婦を子どもたちの歌などでねぎらいます。
太鼓打ち鳴らし式 静岡県 掛川城御殿
6月10日11時40分〜始まり、正午に太鼓を打ち鳴らします。
子供達も参加します。かつて掛川の城下町で時刻を知らせるために使われていた「報徳の大太鼓」を使います。
時太鼓打ち鳴らし式 香川県 丸亀城大手門
6月10日11時45分から12時30分
丸亀城で30分おきに太鼓を打ち鳴らします。 一般人の参加もでき、太鼓を鳴らすこともできます。
刻の太鼓打ち鳴らし 茨城県 土浦城址
6月10日から6月12日の午前6時と午後6時に土浦城址で、刻の太鼓打ち鳴らしが行われる。